事例Ⅰ(組織・人事)は、中小企業診断士2次試験4事例のなかで「戦略と組織の整合性」を問う事例で、出題テーマは「ドメイン・組織構造・人事施策・後継者承継・組織文化」の5領域に集約されます。パターンを押さえれば、もっとも解答の方向性がブレにくい事例でもあります。
この記事では、過去問の傾向をもとに事例Ⅰの解答パターンと頻出論点を整理し、与件文の読み解き方・設問対応の型・記述で外せないキーワードを、現役中小企業診断士の監修のもと解説します。「何を書けば良いか分からない」という受験生がもっとも詰まる事例だからこそ、型を先に身につける戦略が有効です。
事例Ⅰの全体像と特徴
事例Ⅰは「組織・人事を中心とした経営の戦略課題」がテーマで、80分・100点満点・4〜5問構成という基本骨格は他事例と共通しています。一方、計算問題はなく、すべて記述で構成されるのが特徴です。
配点と設問構成の傾向
近年の出題傾向を見ると、設問構成はおおむね次のように分布しています。
| 設問 | 主な論点 | 想定配点 | 字数目安 |
|---|---|---|---|
| 第1問 | 過去の成功要因/環境分析 | 20点前後 | 100字前後 |
| 第2問 | 組織構造・組織文化の課題 | 20〜25点 | 100〜120字 |
| 第3問 | 人事施策(評価・報酬・採用・育成) | 20〜25点 | 100〜120字 |
| 第4問 | 今後の戦略・組織変革の方向性 | 25〜30点 | 100〜150字 |
事例Ⅰは記述中心のため、設問ごとに与件文の根拠を引用する書き方が得点の土台になります。記憶や知識に頼った汎用解答は加点されにくい構造です。
事例Ⅰが「難しい」と言われる理由
受験生から「事例Ⅰは何を書けば良いか分からない」という声が多いのは、次の3つの要因が重なっているからです。
- 計算がないため正解の輪郭が見えにくい
- 与件文に「組織・人事」というキーワードが直接書かれていないことが多い
- 経営戦略の意思決定とリンクさせて記述する必要がある
つまり、与件文の表面を読むだけでは答えが見えず、「戦略 → 組織・人事への落とし込み」という橋渡しを自分で組み立てる力が求められるのです。
学習開始の時期
事例Ⅰは1次試験の「企業経営理論」の知識を土台にします。1次試験の戦略論・組織論を学び終えた段階で、早めに事例Ⅰの過去問1〜2年分に触れておくと、2次対策がスムーズに進みます。1次試験の科目構成と優先順位は企業経営理論の覚え方も参考にしてください。
頻出パターン1:ドメインと事業領域の再定義
事例Ⅰの第1問では、「過去の成功要因」「強み」「環境変化への対応」を問う形でドメイン(事業領域)を整理させる出題が頻出します。
ドメインを構成する3要素
ドメインは「誰に・何を・どのように」の3要素で定義する、企業経営理論の基本論点です。事例Ⅰでは次の観点で与件文を読み解きます。
| 要素 | 与件文での手がかり |
|---|---|
| 誰に(顧客) | 取引先業界、顧客層、地域、年齢層 |
| 何を(提供価値) | 製品・サービスの特徴、技術力、ブランド |
| どのように(提供方法) | 販売チャネル、内製/外注、納期・品質 |
設問で「強み」を問われたときは、3要素のうちどれが他社と差別化できているかを明示するのが鉄則です。
第1問でよく問われる「成功要因」の書き方
過去の成功要因を問う設問では、「外部環境(機会)×内部資源(強み)」の両面で記述するのが定石です。
○○市場の××という需要拡大(機会)に対し、自社の△△技術と□□の組織体制(強み)を活かして対応した点が成功要因。
このように外部要因と内部要因をセットで書くと、採点者に意図が伝わりやすくなります。経営環境を整理するフレームワークはSWOT分析の基本と落とし穴で詳しく扱っています。
ドメイン再定義の論点
近年は「環境変化に応じて事業領域をどう再定義するか」を問う出題が増えています。少子高齢化・デジタル化・人手不足といったマクロ環境を踏まえ、「既存ドメインを縮小し、新たな提供価値を見出す」方向で解答するのが基本線です。
頻出パターン2:組織構造と組織文化
第2問では、機能別組織・事業部制組織・マトリクス組織といった組織構造の特徴や、組織文化・組織風土の課題が問われます。
組織構造の比較
主要な組織形態の特徴を整理すると、事例Ⅰの解答で使うべきキーワードが見えてきます。
| 組織形態 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 機能別組織 | 専門性向上、規模の経済 | 部門間調整が困難、意思決定の遅延 |
| 事業部制組織 | 迅速な意思決定、責任明確化 | 部門最適化、機能の重複 |
| マトリクス組織 | 機能と事業の両立 | 指揮命令系統が複雑、責任の曖昧化 |
中小企業を題材とする事例Ⅰでは、機能別組織から事業部制への移行や、プロジェクト型組織の導入が議論になることが多くなります。
組織文化に関する典型論点
組織文化の論点では、以下のキーワードが繰り返し登場します。
- 同質化/異質化:似た価値観の人材ばかりだと変革が起きにくい
- 既存事業への固執:成功体験が新規事業の足を引っ張る
- トップダウン/ボトムアップ:意思決定の流れと変革のスピード
- 官僚化:規模拡大による意思決定の硬直化
設問で「組織文化の課題」を問われたら、与件文の「○○が当たり前になっている」「××を疑わない風土」といった記述から論点を拾うのが定石です。
組織変革の方向性
組織変革を求める設問では、次の3点をセットで提示するとバランスの取れた解答になります。
- 組織構造の見直し(権限委譲、部門の再編)
- 評価制度の連動(成果評価・行動評価の組み合わせ)
- コミュニケーションの活性化(部門横断プロジェクト等)
組織と人事は連動するため、構造だけ/制度だけの片手落ち解答は加点されにくくなります。
頻出パターン3:人事施策(評価・報酬・採用・育成)
第3問は人事施策が中心テーマです。事例Ⅰにおける人事施策は「さちのひも(採用・賃金・能力開発・人事考課・モチベーション)」というゴロで暗記されるのが定番です。
人事施策の5領域
| 領域 | 具体施策の例 |
|---|---|
| 採用 | 新卒・中途のバランス、ジョブ型採用、リファラル採用 |
| 賃金(報酬) | 成果給と職能給の組み合わせ、基本給と賞与の設計 |
| 能力開発 | OJT・Off-JT・自己啓発支援、ジョブローテーション |
| 人事考課 | 評価軸(成果/プロセス/コンピテンシー)、多面評価 |
| モチベーション | 内発的動機づけ、キャリアパス、職務満足の向上 |
設問で人事施策を問われたら、この5領域のなかから与件文の課題と整合する2〜3個を選んで記述するのが基本パターンです。
動機づけ理論の活用
事例Ⅰではハーズバーグの二要因理論、マズローの欲求段階説、SL(Situational Leadership)理論などの動機づけ理論が論点に絡むことが多くなります。記述では以下のキーワードを意識すると、組織論の知識を盛り込んだ解答に仕上がります。
- 衛生要因(賃金・労働条件)と動機づけ要因(達成感・承認)の区別
- 内発的動機づけ(自律性・有能感・関係性)の重要性
- 部下の成熟度に応じたリーダーシップスタイルの使い分け
ただし理論名を書くより、その内容を与件と結びつけて書くほうが採点されやすい点に注意が必要です。
中小企業ならではの人事施策
事例Ⅰは中小企業を題材にするため、大企業向けの教科書的人事施策をそのまま当てはめると違和感のある解答になります。中小企業向けには次のような視点を意識します。
- 少人数だからこそ多能工化・ジョブローテーションが必要
- 賃金カーブが急になりにくい分、非金銭的報酬で補う
- 採用力に限界があるため、定着率向上と社内育成が中心
「規模に応じた現実的な打ち手」を提示できるかが、合格答案と不合格答案を分けるポイントになります。
頻出パターン4:後継者問題と事業承継
近年の事例Ⅰでは、創業者の高齢化や次世代経営者への承継を扱う出題が増えています。中小企業白書でも事業承継は重点テーマとされ、出題頻度の高さに反映されています。
承継のタイプと論点
事業承継には大きく3タイプがあり、それぞれ論点が異なります。
| 承継タイプ | 主な論点 |
|---|---|
| 親族内承継 | 後継者教育、株式の集中、相続税対策 |
| 親族外承継(社内) | 役員・幹部社員への株式譲渡、信頼関係 |
| M&A | 第三者譲渡、企業価値評価、従業員雇用維持 |
事例Ⅰではどの形態が題材になっても、「後継者の育成」「組織の継続性」「従業員の士気維持」という3点が共通の論点になります。
後継者育成の典型解答
「後継者をどう育てるか」を問う設問では、次の要素を組み合わせるとバランスの良い解答になります。
- 多様な部署・現場での経験積み上げ(ジョブローテーション)
- 経営会議への早期参加による意思決定経験
- 既存幹部からの権限委譲と並走期間の設定
- 社外研修・他社経験による視野拡大
「いきなりトップに据える」のではなく、段階的に経営責任を引き継ぐ設計を解答に盛り込むのが定石です。
組織体制との連動
事業承継では、後継者個人の育成だけでなく組織体制の整備も重要です。具体的には、次のような連動施策が論点になります。
- 番頭格の幹部社員を補佐役として明確化
- 意思決定プロセスを文書化・標準化
- 暗黙知化していた取引先関係・技術ノウハウの形式知化
属人的な経営から組織的な経営への移行を促す視点を盛り込むと、説得力のある解答に仕上がります。
頻出パターン5:戦略と組織の整合性
事例Ⅰの最終問題では、「今後の戦略をどう進めるか」「組織変革の方向性」など、戦略と組織の整合性を問う出題が定番です。
チャンドラーの命題を意識する
「組織は戦略に従う」というチャンドラーの命題は、事例Ⅰの背骨にあたる考え方です。新しい戦略を採る場合、それに応じた組織構造・人事施策が必要になります。
たとえば、新規事業を立ち上げるなら、専任チームの設置・評価制度の独立・採用ルートの多様化といった戦略と組織のセットで解答するのが基本です。
第4問の典型構造
最終問題は次の3層構造で記述するとまとまります。
- 戦略の方向性(誰に・何を・どのように)
- 組織体制の見直し(構造・権限・コミュニケーション)
- 人事施策の連動(評価・育成・モチベーション)
字数制約のなかで3要素を盛り込むのは難しいため、与件文の課題と最も整合する論点に重みづけして書くのが現実的です。
助言型設問の解答パターン
「○○社に対して助言せよ」というタイプの設問では、次の構造が型として有効です。
助言は△△である。理由は、与件文の○○という状況に対し、××施策により□□の効果が期待できるためである。
「助言内容→理由→効果」の3点を1文または2文にまとめると、論理が一貫した解答になります。
事例Ⅰの解答プロセスと時間配分
80分の本番で、知識と与件文を結びつけた解答を仕上げるには、事前にプロセスを決めておくことが欠かせません。
80分の標準的な使い方
| 工程 | 時間 | やること |
|---|---|---|
| 設問解釈 | 5〜10分 | 設問文を読み、聞かれている論点・字数・解答骨子を仮置き |
| 与件文の読解 | 15〜20分 | 段落ごとに論点を整理、強み・弱み・課題を色分け |
| 解答骨子作成 | 10〜15分 | 設問ごとの根拠箇所と書く順序を箇条書きでメモ |
| 記述 | 35〜40分 | 解答用紙に清書、字数を意識して整える |
| 見直し | 5分 | 誤字・主述の不整合・字数不足のチェック |
設問解釈を後回しにして与件文を先に読むと、何を探せば良いか分からず迷子になりがちです。設問から読み始めるのが事例Ⅰの基本作法と言えます。
与件文を読み解くマーキングのコツ
事例Ⅰの与件文には、組織・人事の論点に直結する情報が散りばめられています。次の項目に印を付けながら読むと、論点を見落としにくくなります。
- 時系列の変化(創業時/成長期/現在の体制)
- 強み・弱みを示す表現(「他社と比較して」「以前は」など)
- 組織関連の記述(部門編成、役員構成、従業員数)
- 人事関連の記述(給与体系、教育、評価、採用方法)
- 環境変化(市場縮小、技術革新、競合参入)
与件文の読み解き全般のコツは2次試験の与件文を読み解く5つのコツで詳しく扱っています。
解答キーワードを優先順位で選ぶ
事例Ⅰの記述は字数制約が厳しく、論点を絞り込む判断が求められます。優先順位は次の順で考えると安定します。
- 与件文に明示された課題に直結するキーワード
- 設問文で指示された論点(「組織面」「人事面」など)に対応するキーワード
- 1次知識から補完できる教科書的キーワード
「与件 > 設問の指示 > 1次知識」の順で根拠を取りに行く意識が、合格点に届く答案の作り方です。
よくある質問(FAQ)
Q. 事例Ⅰは何を書けば良いか分からないのですが、どう克服すれば良いですか?
まずは過去問5年分の解答プロセスを写経することから始めるのが効果的です。模範解答を覚えるのではなく、**「与件文のどの記述からその解答に至ったのか」**を辿ることで、解答パターンが体に染みつきます。並行して、ドメイン・組織構造・人事施策・事業承継・組織文化という5領域のキーワードを整理しておくと、設問対応がスムーズになります。
Q. 1次試験の企業経営理論はどこまで復習しておけば良いですか?
戦略論(SWOT、3C、ドメイン、競争戦略)と組織論(組織構造、組織文化、リーダーシップ、動機づけ理論)は、テキストの該当章をもう一度読み直すレベルで十分です。マーケティング論は事例Ⅱで活用するため、事例Ⅰの優先度は相対的に下がります。1次の科目別優先順位は企業経営理論の覚え方を参考にしてください。
Q. 解答に1次知識のキーワード(例:マズロー、ハーズバーグ)を入れるべきですか?
理論名そのものを書くより、理論の中身を与件と結びつけて記述するほうが採点で評価されやすい傾向があります。たとえば「ハーズバーグの動機づけ要因」と書くより、「達成感や承認を高める評価制度」と書いたほうが、与件との接続が明確になります。理論名は字数に余裕があれば添える程度で構いません。
Q. 字数が足りない/余ってしまう場合の調整方法は?
字数が足りない場合は「効果」を加える(〜により、□□が期待できる)、余る場合は接続詞や前置きを削るのが基本です。事例Ⅰは100〜120字の記述が中心で、1文を40〜60字でまとめると論理が伝わりやすくなります。日頃の演習で字数感覚を体に入れておくことが大切です。
Q. 過去問は何年分やれば良いですか?
直近5〜10年分を2〜3周するのが目安です。事例Ⅰは出題パターンが安定しているため、5年分を反復するだけでもキーワードと与件文の対応関係が見えてきます。過去問の入手と使い方は過去問の入手方法と効果的な使い方も参考にしてください。
Q. 事例Ⅰと事例Ⅱの違いをどう意識すれば良いですか?
事例Ⅰは「組織・人事を通じて戦略を実現する」テーマ、事例Ⅱは「顧客との関係性とマーケティング」が中心テーマです。同じ「中小企業の戦略」を扱っても、事例Ⅰは社内(組織・人材)に視点が向き、事例Ⅱは社外(顧客・市場)に視点が向く点で異なります。人事施策・組織変革を中心に据えるか、ターゲット顧客・販売チャネルを中心に据えるかで書き分けるのが基本です。
まとめ
事例Ⅰは「組織・人事の知識を戦略実現と結びつける」事例で、解答パターンを押さえれば方向性のブレが少ない事例でもあります。本記事の要点を整理します。
- 出題は「ドメイン・組織構造・人事施策・後継者承継・戦略と組織の整合性」の5領域に集約
- 解答は与件文の根拠 → 1次知識のキーワード → 効果の順で組み立てる
- 人事施策は「さちのひも」の5領域から課題に整合するものを2〜3個選ぶ
- 後継者問題では段階的承継と組織体制の整備をセットで提示する
- 設問解釈を先にし、与件文の読み解きで根拠を拾うプロセスを固定化する
事例Ⅰは「与件と1次知識の橋渡し」の練度がそのまま得点になります。診断士エアポートでは、全7科目の映像授業と過去問演習を月額3,980円で提供しています。2次試験対策の全体像は2次試験対策の基本もあわせてご覧ください。
出典・参考
- 一般社団法人 中小企業診断協会/日本中小企業診断士協会連合会 公式サイト(試験科目・出題範囲)
- 経済産業省/中小企業庁 中小企業白書(事業承継・人材確保に関する記述)